実は彼女できたんだ。
それを聞いた瞬間、周りの音が一段階遠くなる感じ、分かる人には分かると思う。
おめでとう、と言った自分の声が、やけに他人事みたいに聞こえた。表情はちゃんと作れていたはず。たぶん。
好きな人に彼女ができたときの話を、いろんな人から聞いてきた。
報告を受けたあの数秒、頭が真っ白になる
おめでとう、としか言えなかった夜
会社員のアカリさん、二十七歳。同じ部署の先輩を長く好きでいた。
毎日少しずつ距離が縮まっている手応えがあって、告白のタイミングを計っていた矢先だったそう。
先輩が笑顔で、実は彼女ができたんだ、と報告してきた。
返せたのは、おめでとう、の一言だけ。
その夜、家に帰ってから泣いた。もっと早く伝えればよかった、という後悔が全身を回って、しばらく先輩の顔を見るのもきつかった。
頭では理解できるのに、心が追いつかない。彼女の表現がそのまま核心を突いてる。事実の処理と感情の処理は、速度がまったく違うのよ。
人づてに知る場合の、置き場のなさ
営業職のケンタさん、三十二歳の場合は、もっと厄介な入り方だった。
友人グループの中に好きな子がいて、いつも一緒に遊んでいた。ある日、共通の友人から、あの子彼氏できたらしいよ、と聞かされる。
頭が真っ白になったって。
本人から報告されたわけじゃないから、感情をどこに向ければいいのか分からない。次に顔を合わせたとき、どんな態度を取ればいいのかも見当がつかない。
結果、しばらくグループの集まりを避けることになった。
本人から言われるのもきついけど、人づてはまた別の苦しさがあるんだよね。おめでとうを言う機会すらもらえないまま、勝手に終わってる。
失恋じゃないのに、失恋より重い理由
付き合っていないぶん、区切りがない
ここ、はっきり書いておきたい。片思いの終わりは、交際の終わりより回復に時間がかかる場合がある。
別れなら、別れた日という区切りがある。話し合いもあるし、荷物の整理もある。手続きが感情を運んでくれるのよ。
片思いには、それが一切ない。ある日いきなり終わって、儀式も何もない。だから気持ちだけが宙に浮いたまま残る。
自分の傷を軽く見積もらないでほしいのよ。付き合ってないから泣くのは大げさ、なんてことは絶対にないから。
もっと早く言えばよかった、が残り続ける
デザイナーのリョウタさん、三十一歳。最初は、まあ仕方ないか、と自分に言い聞かせていた。
ところが共通の友人から二人のエピソードを聞かされるたびに、じわじわ削られていった。
もっと積極的にアプローチしていれば。この仮定が頭から離れず、仕事中もぼんやりする時間が増えたそう。
自分の行動不足を映す鏡みたいだった、と彼は言っていた。
言わなかった後悔は、言って断られた後悔より長持ちする。これは何度も見てきた。断られたら少なくとも答えは出るでしょ。言わなければ、答えの出ない問いが一生残るのよ。
相手の幸せそうな顔が、自分を追い詰める
飲み会で彼女に優しくする先輩を見た
看護師のサキさん、二十九歳。好きだった先輩が、彼女を連れて職場の飲み会に来た日のこと。
その場で初めて二人の関係を知った。先輩が彼女に優しく接している姿を、正面から見てしまった。
胸が締めつけられて、箸を持つ手が止まった。
それでも、おめでとう、と笑顔で言えた。その自分は褒めていいと思う。ただ、家に帰ってから何も手につかなくなった。
相手の幸せそうな顔が、こちらを追い詰めることがある。祝福したい気持ちは本物なのに、それとは別のところが痛む。この二重構造がしんどいのよ。
のろけを聞かされる立場のつらさ
学生のミオさん、二十五歳はサークルでの体験を話してくれた。
好きだった人が、彼女ができたから少し距離を置くね、と直接伝えてくれた。誠実な対応ではある。
応援するよ、と答えた。声が震えていたと思う、と彼女は言っていた。
問題はその後。顔を合わせるたびに彼女の話を聞かされる。活動を休むことが増えていった。
相手に悪気はゼロなのがまた残酷なところ。信頼されているから話してくれてるわけで。
のろけを聞かされるのがきついなら、その場から離れていい。我慢して聞き続ける義務なんて、どこにもないから。
距離を置くのは逃げじゃない
サークルを休んだ判断は正しかった
ミオさんがサークルを休んだこと、ケンタさんが集まりを避けたこと、サキさんが先輩のいる場所を避けたこと。
全部、正しい判断です。私は迷いなくそう言う。
逃げてると自分を責める人が多いんだけど、違うのよ。あれは治療期間。骨折した足でわざわざ歩き回る人はいないでしょ。
毎日顔を見ながら気持ちを整理するのは、傷口を毎日開けているのと同じ。無理に決まってる。
顔を見ない期間を、意識的に作る
具体的な期間は、最低でも三週間。可能なら二ヶ月。
その間、SNSも見ないでおいて。二人が写った写真を一枚見るだけで、進んだ距離が全部巻き戻るから。ミュート機能、こういうときのためにあるのよ。
職場や学校で完全に避けられない場合は、接触の質を減らす。挨拶はする、雑談はしない。それくらいの温度でいい。
冷たい人だと思われるかも、と心配する必要はないってば。自分の回復を優先していい場面がある。今がそれ。
曖昧な関係を続けていた自分と向き合う
可能性が残っている気がしていた数年
フリーランスのユウトさん、三十六歳。長年片思いをしていた女性から、ある日連絡が来た。実は付き合い始めた人がいる、と。
それまで、たまに連絡を取り合う関係が続いていた。だから、まだ可能性が残っているような気がしていたそう。
報告を受けた瞬間、ああ、これで終わりなんだ、と諦めがついた。
連絡が続いているだけで、人は何年でも待てちゃうのよ。既読がつく限り、希望は死なない。そこが恐ろしいところ。
諦めがついた瞬間、別の後悔が来る
そして彼を襲ったのは、失恋の痛みだけじゃなかった。曖昧な関係を続けてきた自分への怒りだった。
何年も、動かずに待っていた自分。その時間を全部数えてしまう。
その後、意識して距離を置いて、少しずつ気持ちを整理していった。
同じ場所にいる人へ。連絡が途切れないことを、脈だと思わないでほしい。友人として好かれているだけの可能性が、けっこう高いから。
確かめるのが怖いのは分かる。ただ、確かめない期間もちゃんと時間として過ぎていくのよ。
気持ちを立て直していく順番
書き出す、話す、時間を埋める
学生のナナミさん、二十三歳は、高校の頃から好きだった人が大学に入ってすぐ彼女を作った。
同窓会で二人が楽しそうにしている姿を見て、途中で席を外した。ずっと好きだったのに、という言葉が喉元まで来て、飲み込むのに精一杯だったそう。
彼女が回復のためにやったのは、友人に話を聞いてもらうことと、自分の気持ちをノートに書き出すこと。
この二つ、順番が大事だと思ってる。まず書く。頭の中でぐるぐるしているものを、外に出して形にする。それから人に話す。
書かずにいきなり話すと、感情の渦をそのまま吐き出すだけで終わることがあるのよ。書くと少し整理されるから、話が前に進む。
リョウタさんは新しい趣味を始めた。時間を埋めるのは、けっこう有効な手段。考える隙間を物理的に減らすわけだから。

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