道後温泉本館の前。取材で立ち寄った夜、湯上がりの人たちが浴衣のまま商店街を流れていた。カラクリ時計の前でみんな同じ方向を向いて、からくりが動き出すのをぼーっと待っている。
知らない人同士が、同じ音を待っている状態。あれ、話しかけない方が不自然じゃない?
愛媛は出会いがない。松山でも宇和島でも、同じ台詞を聞いた。ただ編集部で愛媛ゆかりの人を捕まえて話を振ったら、湯気とみかんと自転車の話が延々と出てきて、メモを取る手が止まらなかった。
湯上がりの町は、声が半音下がる
次はどの湯にする、から始まった
凪さん、二十五歳。道後温泉本館の湯上がりに、浴衣のまま商店街を歩いていた。カラクリ時計の前で同じ向きに立っていた人が、次はどの湯にする、と地図を広げたそう。
湯気のあとは声が半音下がる。金木犀の匂いで会話がゆっくりになる。本館のライトアップまで並んで残ったらしい。
この、声が半音下がる、という表現。私は今年いちばん好きな言い回しかもしれない。風呂上がりの人間って、みんな少しだけ無防備になるのよ。
石段で、段の数を数えた
静香さん、四十六歳。伊佐爾波神社の石段で息を整えていたら、隣の人と一緒に段を数え始めたそう。道後は湯巡りと神社が近くて、浴衣のままで参拝できる。
句会のバーで、湯上がりを季語にした人と話し込み、翌朝の本館前でまた会ったらしい。
松山は俳句が日常に近い。五七五が自己紹介代わりになる。これ、他県の人には想像しづらいと思う。けど本当にそうなんだよね。趣味の話を切り出す段取りがいらない。
観光客と住む人が、同じ湯気を吸っている
加奈さん、四十歳。道後に移住して一年半。朝の散歩で店の人と顔見知りになったそう。観光地だから排他的な空気がない。湯の町の距離が、そのまま通勤路になる。
大阪から来た当初は仕事が決まらず、散歩だけが日課だった。
温泉街は観光客と住む人が同じ湯気を吸っている。その重なりで人が残る。地元と旅人の境界が薄い町、移住組にはかなり優しいと思う。
橋の上は短く、下りた島で長くなる
高速料金より風の方が高い
若葉さん、二十九歳。しまなみを自転車で渡っていて、来島海峡の風でヘルメットがずれた。後ろの人が手を止めて、高速料金より風の方が高いね、と笑ったそう。
島のパン屋で同じ列に並んで、海の見える公園まで並走した。
橋の上は言葉が短い。下りた島で一気に長くなる。喋れない時間を一緒に過ごすと、その分が後から溢れる。溜まった水が流れ出すみたいにさ。
カマキリを逃がす作業を分けた
美桜さん、二十三歳。伯方島で、道に倒れていたカマキリを避けて自転車を停めた。同じように降りた人と、アリから逃がす作業を黙って分担したそう。
塩の島は観光地の顔と生活の道が混ざっている。生き物の話で、初対面でも距離が近くなる。
彼女は人間以外の出会いも旅に数えている。この感覚、けっこう好きだな。虫を助けるために自転車を降りる人と降りない人。そこで相性なんて一発で分かるじゃん。
タオルの感触が名刺代わり
紘一さん、四十四歳。今治のタオル博物館で、種類の多さに足が止まった。温泉用に試せる棚の前で、隣の人が、道後に持っていくならこれ、と一枚渡してくれたそう。
しまなみから松山へ抜ける途中の立ち寄りが、一番話が残った。
今治は通過点だと思っていた。それがタオルの感触で変わった。ふわっとした手触りを共有した相手って、妙に忘れないんだよね。
蛇口とみかんが、会話を止めない
蛇口をひねったら出てきた
俊介さん、三十七歳。宿のロビーで蛇口をひねったら、みかんジュースが出てきて固まった。隣にいた人も全く同じ顔をしていて、そこから不知火と南津海の飲み比べが始まったそう。
館内のみかんと豚汁とタオルのお試しが続いて、朝食の食べ比べでまた同じテーブルになった。
夢みたいな蛇口は、笑った瞬間に人が隣に残る。同時に驚いた相手とは、それだけで連帯が生まれる。愛媛、ずるい仕掛けを持ってるわ。
皮のむき方を教えた手
海音さん、三十三歳。伊予のみかん畑で品種の違いを教わっているうちに、気づけば夕方になっていた。同じ列で収穫を手伝った人と、道の駅でジュースを飲み比べたそう。
みかんは蛇口にも畑にもある。甘い話が途切れない。
お土産より、皮のむき方を教えてくれた人の手を覚えている。彼女がそう言ったとき、取材ノートに二重丸を書いた。手が動いている場所では、沈黙が気まずくならない。話すのが苦手な人ほど、こういう場所を選んでほしい。
城下と電車、一本の軌道に乗っている街
下り坂の十分が残った
翼さん、三十二歳。松山城の本丸で、石垣に映る光を撮っていた。ロープウェイを降りてきた人と、二回は来ない城かもね、と同じ感想を口にしたそう。東雲神社まで下りる道が重なった。
城下の飲み屋はパンチより優しさで、鯛めしを囲む席が自然に隣になる。
彼が覚えているのは城じゃなく、下り坂の十分。目的地より、そこへ向かう途中。何度も聞いた話だけど、松山でも同じだった。
レトロな車両は会話が古風になる
泰さん、四十九歳。坊ちゃん電車の車内で、窓の外の城を指さしている人と席が隣になった。古い車両だと会話まで古風になるらしく、この街で出会いまして、という歌詞の話まで出たそう。
銀天街で降りて別れたあと、湯の匂いのする通りでまた肩が並んだ。
松山は歌と湯と城が一本の軌道に乗っている。市電が全部つないでいる街。乗り換えのたびに景色が変わって、同じ顔に二回会う。
名前も分からない箱で
蓮さん、二十七歳。松山の夜、飲みの帰りにぶりぶりと低い音のする小さな箱へ入った。客は三、四人。知り合いもいないし、演奏者の名前すら分からないまま一時間聴いたそう。
店の名前さえ分からない出会いが、かえってきれいだった。
次の日から、同じ通りを少しゆっくり歩くようになったらしい。ここ、ぐっときた。出会いって、必ずしも連絡先を持ち帰ることじゃない。歩く速度が変わることも出会いなんだよ。
南予と東予、県内で空気が変わる
宇和島まで南へ下ると、また別の愛媛
琴さん、二十八歳。大洲の城下を歩いていて、肱川の風で帽子を押さえた。隣にいた人が、宇和島まで南へ下ると、また別の愛媛ですよ、と教えてくれて、じゃこ天の店まで案内してくれたそう。
南予は松山と空気が違う。川沿いの町は会話がゆっくり落ちる。
彼女は予定を南へ伸ばした日を、一番よく覚えている。行く予定のなかった場所で起きたことほど、記憶に残るのよね。
蓋を開ける音が合図になる
将司さん、四十一歳。宇和島の港で、鯛めしの蒸籠を開けたタイミングが隣の人と重なった。かたん、と同じ音がして目が合い、海の匂いの話になったそう。
闘牛の話まで伸びて、八幡浜のミカン畑ドライブを勧められた。
南の港は観光バスが少ない。蓋を開ける音が合図になる。静かな店って、小さな音が全部聞こえる。あれが会話の種になる。
停めた場所ごとに人が変わる
璃子さん、二十六歳。新居浜から西条へ走る途中、石鎚の裾で車を停めた人と地図を見せ合った。東予は工場と山が近く、休憩のパーキングでみかんを分けたそう。
四国中央まで足を伸ばす話になって、次のサービスエリアでまた同じ車を見かけた。
愛媛は東西に長い。停めた場所ごとに人が変わる。県内を横に動くだけで、顔ぶれが総入れ替えになるのよ。
一度の親切が、街の反対側で返ってくる
目押しを教えた夫婦と、祭りの日に
朔さん、三十四歳。応援ナースとして愛媛に来て、休日は道後としまなみを交互に回っていた。県外は不安だったけれど、週休の観光がそのまま新しい顔になったそう。
パチンコ店で目押しを教えた外国人夫婦と、祭りの練習の日に差し入れをもらって再会したらしい。
土地が狭い分、一度の親切が街の反対側で返ってくる。これ、地方の本質だと私は確信している。都会なら一期一会で終わる。愛媛では、貸しが勝手に戻ってくる。
二回目が起きる県
体験談を並べていて気づいた。同じ人と二回会っている話が多すぎる。本館前で、パーキングで、湯の匂いのする通りで、朝食のテーブルで。
狭い県では偶然が繰り返される。最初の一回で完璧に振る舞わなくていい。この安心感、想像以上に大きいと思うわ。
愛媛で声をかけるときの順番
次の行き先を、番号より先に出す
体験談を読み返すと、全員が次の目的地を口にしていた。次はどの湯にする、じゃこ天の店、四国中央まで、八幡浜のミカン畑。
いきなり連絡先を求めると警戒される。当たり前。でも、そこ一緒に行きませんか、なら断られても浅い傷で済む。愛媛はこの誘い文句の在庫が異常に多い。湯も島も畑も全部近いから。
手が動く場所を選ぶ
みかんの収穫、タオルの手触り、カマキリを逃がす作業。身体が動いている場面では、沈黙が処理される。
会話力で勝負しなくていい土俵が、この県にはやたら揃っている。喋るのが苦手だと自覚している人、体験型を選ぶだけで景色が変わるよ。
移動そのものを、時間として使う
市電の車内、ロープウェイ、橋の上、パーキング。愛媛の出会いは移動の途中に集中していた。
着いてから何かが起きると思っている人、順番が逆だよ。着くまでの過ごし方で決まる。スマホを伏せて顔を上げる。それだけで確率が動くよ。

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