砂丘の駐車場で、帽子を両手で押さえたまま固まっている人を見た。風がごおっと鳴って、砂が頬に当たる。撮影で同行していたスタッフが、車のドアを閉めながらぽつりと言ったんだよね。ここ、話しかけやすいんですよ、と。
は?観光地じゃん。そう思った。でも半日いて理解した。風が強い場所では、誰かが必ず何かを落とす。拾う。それだけで口が開く。
出会いがないと言われ続けている県で、実際に何が起きているのか。仕事で関わってきた人や編集部の面々と雑談していると、鳥取の話だけ妙に生々しい。
鳥取で出会いがないと言われる本当の理由
人が少ないのではなく、行き先が固定されている
人口最少という数字が独り歩きしている。ただ現場を回ってみると、問題は数じゃなかった。行く店が決まりすぎているのよ。職場と家とスーパー、週末はイオン。これを三年続けたら、そりゃ新しい顔とは当たらないっしょ。
逆に言えば、通っていないエリアに一度足を踏み入れるだけで景色が変わる。東部の人が西部のライブハウスへ行く。中部の人が智頭まで山を上がる。移動距離が短い県だから、その一歩がやたら効く。
顔見知りの近さが、最初の一言を重くする
知り合いの知り合いで全部つながってしまう息苦しさ。これは本当にある。声をかけた翌日には親戚にバレる、なんて笑い話も聞いた。
でもね、この近さは裏返すと最強の推薦状になるんだよね。誰かの紹介という一枚が挟まるだけで、警戒心がすとんと落ちる。都会の匿名性を捨てた代わりに、信用の前払いができる土地だと私は思っている。
砂丘は、風が会話を始めてくれる
帽子が飛びかけた日に隣にいた人
真希さん、三十歳。撮影で一緒になったときに聞いた話。彼女は一人で砂丘へ来ていた。風が強くて帽子が飛びそうになったところ、隣の男性が押さえますよと手を伸ばしてきたそう。
カメラを持っていたので、風紋の撮り方を少しだけ教えた。すると、こっちの斜面の方がきれいに見えると案内された。ラクダ乗り場の行列でまた鉢合わせして、そのまま砂丘センターのカフェへ。二十世紀梨のジュースが、汗をかいた喉にしみたらしい。
住まいは米子と鳥取市で離れている。それでも今も、砂が顔に入った日の写真を送り合っているんだって。互いの部屋の窓から見える空を撮って送るのが恒例になったと聞いて、正直ちょっと笑った。かわいすぎない?
西側の穴場は、人づてにしか届かない
佳代さん、四十三歳。吉岡温泉の小さな店で、カラオケの順番待ちをしていた。知らない人同士なのに、隣の席から鳥取の人かと聞かれて、すぐ地元の話になったそう。閉店近くまで居座った。
翌朝、その人たちが砂丘の西側へ連れていってくれた。足跡ひとつない斜面。走って下りたとき、昨日の店の人に教わったと口にしたら、相手がうちの親戚の店だと笑ったらしい。狭い!でもこの狭さが、観光マップに載っていない道を開けるのよね。
砂丘は広いのに、人が固まるのは階段側だけ。西へ回り込む理由を持っている人は、たいてい誰かから聞いている。情報が口伝で流れている県なんだよ。
手を動かす場所ほど、最初の一言が軽くなる
梨畑で同じ失敗をしていた二人
涼介さん、二十七歳。国府町で梨の収穫を手伝った日の話を、酒が入るたびに繰り返す。農家の人にその向きだと枝が折れると笑われて手を添えられた瞬間、隣で同じようにやらかしていた女性と目が合ったそう。
袋詰めが終わると七草の家でお茶が出て、梨の甘さの話から仕事の話へ流れた。帰り際、JAの駐車場で来週も出荷があるのか聞いてみた。来るなら声かけて、と返ってきた。
彼は秋になると必ず国府へ行く。作業がある場所は、沈黙が気まずくならない。手が動いているから。これは本当に大きい。
機織り工房で、住んでいる町が重なった
澄江さん、五十一歳。皆生近くの体験工房で機織りをしていたら、隣の男性が同じ町から来ていると判明した。こんな店知らなかったね、と盛り上がったそう。
不定休だと聞いて連絡先を交換したとき、自分から奥さんいるんでしょと突っ込んだらしい。こんな人と番号交換したなんて知られたら怒られる、と返ってきて、二人で吹き出した。
旅先の小さなブースで、住所が重なる方が珍しい。後から友人にそう話していたそうです。
米子から大山、境港へ。西部で起きていること
ライブハウスの外での立ち話
隼人さん、三十四歳。米子のライブハウスで、山陰初公演を観た。終演後、店の外で同じ曲を口ずさんでいた人と立ち話になり、そのまま川沿いを歩いたという。
満員の小箱。知らない土地なのに、また来るよと自然に言えた自分に驚いたそう。今も公演があるたび、西部まで車を飛ばしている。
凪いだ海と、同じパソコンを持った人
圭吾さん、三十歳。大山町のコワーキングへワーケーションで通っていた。昼休みに海を見に行ったら、ベンチに同じパソコンを抱えた人がいて、今日は凪いでるね、とだけ言われたらしい。それで夕方まで仕事の話をした。
鳥取の人はこの辺何もないと言う。その後ろに大山が立っているのにね(笑)。何もしない余白の中で会話がゆっくり進むのが、彼には合っていたそう。
焚き火の番を交代しているうちに朝
杏さん、三十七歳。琴浦の野営場で夕方、シカが近くまで来て声が出た。隣のテントの人が、毎晩この時間だよと教えてくれたそう。
標高のある場所は夏でも涼しい。薪がばちばち爆ぜる音を聞きながら番を交代して、気づいたら空が白んでいた。仕事も家族構成も知らないまま朝。星が多いと聞いて来たのに、人の話の方が長く残ったと彼女は言う。
星空の下のBBQで、薪の組み方で笑う
志乃さん、三十九歳。境港寄りの交流会に参加した。企画そのものより、火の番をしていた人と薪の組み方が違うねと笑い合った時間の方が長かったらしい。
ゲームの途中で隣町の人とも知り合い、帰り際には次は大山のふもとでと約束していた。西部は人が少ない分、一度つながると次の場所がすぐ決まる。彼女の言葉、かなり核心を突いてるわ。
街を歩いているだけで声がかかる町がある
倉吉の白壁、庭の無花果
樹さん、三十二歳。白壁のあたりを歩いていて、庭の無花果をじっと見ていたら、家の人が出てきて取っていいよと言われたそう。蔵の並び、土の色、しれっと生えているシュロ。
次の角で入った古本屋では、砂丘よりこっちが好きな人もたまにいる、と店主に言われた。自分もその一人だと気づいた瞬間だったらしい。
智頭の二階で、色が似合うと言われた
芽衣さん、二十五歳。カフェの二階で古着を見ていたとき、店員ではない地元の女性に、その色似合うよと声をかけられた。そのまま川沿いまで一緒に歩いて、冷たい水に手を突っ込んで笑ったそう。
移住したての頃、銭湯の入り方が分からず立ち尽くしていたら、見知らぬ人が手順を教えてくれた。人があたたかいと先輩が言っていた意味が、そのとき初めて腹に落ちたと話していた。
予定を捨てた夜ほど、手帳に番号が残る
七海さん、二十六歳。牛骨ラーメンを食べてから駅前をぶらついていた。天丼の店で隣になった人と、砂丘に行かない鳥取の話で盛り上がり、夜は酒肴の店をはしご。
観光の予定はほぼ全部捨てた。店の人に次の店を教えてもらうだけ。一人旅なのに、その日の終わりには地元の人の電話番号が手帳に残っていたって。はぁ…私も真似したい。
イベントは、うまくいかない瞬間にこそ距離が縮む
サンダルが砂に埋まった
康平さん、四十一歳。砂丘のマッチング企画に、半分冷やかしで参加した。アクティビティの列でサンダルが砂に埋まり、後ろの人に引っ張り出してもらったらしい。
その人とリフトやピクニックの時間をずっと一緒に過ごし、帰り際には今日みたいな方が楽だねと言い合った。大人数の場でも、困っている瞬間の会話だけは嘘がない。
自転車で息を切らしている横から
由宇さん、三十四歳。鳥取駅からレンタサイクルで出会いの森まで走った。展望台で息を整えていると、同じく自転車の人から湖山池の方へ今から行くか聞かれたそう。
天空エリアまで並走して、芝滑り台で子どもみたいに転がった。森のイベントで会った人とは、トンボの季節やリース作りの頃に今もやりとりが続いている。
鳥取で声をかけるとき、私が効くと確信していること
天気と風の話から入る
今日風強いですね。これ以上の武器、鳥取にはない。砂が目に入る、髪が乱れる、洗濯物が飛ぶ。共通の敵がいると人は結束するんだよ。
天気の話はどこでも使えるけど、この県は体感の強度が違う。実際に困っているから、返事に温度が乗る。
方言に乗っかる
敏之さん、四十七歳。営業で東部を回っていた頃、取引先の人がだっちゃと話すのを初めて聞いて固まったそう。漫画のキャラの語尾だと思っていた言葉が、日常のあいさつだった。
その場がふっと和んで、商談のあとに砂丘の夕日を一緒に見に行った。今でも年に一度、紹介してもらった地域食堂に顔を出す。子どもから高齢者まで同じテーブルに座る場所で、また別の縁が生まれたらしい。
方言をからかうのは論外。ただ、聞き返して覚えようとする姿勢は面白いほど刺さる。
連絡先より先に、次の予定を置く
番号を聞くのが怖いなら、順番を変えればいい。来週も出荷ありますか。次は大山のふもとで。この一言が先にあると、連絡先はただの手段になる。
正直なところ、ここだけは絶対に外さないでほしい。鳥取は移動が短いから、次の約束が驚くほど実現しやすい。都会みたいに一時間かけて会う覚悟を必要としない。だから軽く言える。
アプリを否定はしない。ただ鳥取では順番が違う
母数の少なさは、弱点になりきらない
登録者が少ないという声はよく聞く。事実、都市部と同じ感覚で開くとスワイプが尽きる。ざらりと乾いた気持ちになるあの感じ、わかる人にはわかると思う。
ただ、共通の知人が多い県では、会う前の安心材料が勝手に揃う。同じ高校、同じ職場の近く、同じ店の常連。プロフィールの一行が、都会よりずっと重い情報として機能する。
一度つながると、次が異様に早い
浦富海岸の遊覧船で、透明度の話から隣席と意気投合した颯さん、二十三歳。港の食堂で同じテーブルになり、カニではなく地エビの話で盛り上がって、予定が勝手に伸びたそう。
誰かと知り合うと、その人の友人が二日後には現れる。輪が広がる速度だけは、都会に勝っている。私はこの県で必要なのは出会いの数じゃなく、最初の一人を作る勇気だと考えている。
日本海の風は、今日も容赦なく吹いている。帽子が飛んだら、拾ってくれる誰かが必ず近くにいる。それが鳥取。

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